2007/10/10
フランスでは、先輩と後輩の関係なんて考えられない!
“先輩”と“後輩”をフランス語で翻訳することができません。なぜならこのような表現がないからです。ça
n’existe pas en France.
昔、私はある日本人から、こんな話しをききました;
高校でテニス部に入ってから最初の一年間はテニス自体することを許されませんでした。先輩のボールをずっと拾っているだけです。
この話をきいて私はとても驚きました。 J’ai été très étonné. 信じられない. C’est incroyable.
と思いました。そして、日本社会における、先輩・後輩のいくつかの現象を発見していくことになったのです。料理の世界とかスポーツの世界とか他にも一部の会社の中でも、フランス人にとっては考えられない人間関係が結構あります。
前述のテニス部の話を例にとって説明すると、テニスをするために入部したのだから、自分がテニスをしないで、関係ない人(フランス人にとっては、同じ部の“先輩”でも自分には関係ない人です)のボールを一回でもわざわざ拾うということは考えられないことです。
“自分で拾えばいいじゃないですか?この先輩の奴隷ではありませんから。Il n’a qu’à les ramasser lui-même
.Je ne suis pas son esclave .”などとどうしても思ってしまいます。では、なぜフランス人にとって、先輩・後輩という関係がこんなに理解しにくい事かというと、フランスではフランス革命Révolution
française があって、1789年に、人及び市民の権利宣言(Déclaration des Droits de l'homme
et du citoyen du 26 août 1789)が作られたからです。
この権利宣言には、
“Art.1er.–Les hommes naissent et demeurent libres et égaux en droits.
Les distinctions sociales ne peuvent être fondées que sur l'utilité
commune.“
第一条-人はみな、生まれながらにして生涯、権利的に自由かつ平等である。社会的階級があるとすれば、公共の利益のためになる場合においてのみ基づくものである。(社会的に階級が異なっても権利的には人はみな平等で自由である)
つまり、人はみな平等だから、社会的な地位より人間として平等であることという考えが強いため、先輩・後輩のような関係はあっても、決して日本のように絶対的な関係ではありません。フランス語には、日本語とまったく同じような“先輩・後輩”という関係を示す単語がない、ということが証明するようにフランスにおいて、このような関係はあまり色濃くありません。フランス語には相手をさす場合に、“tu=君は”と
“vous=あなたは”と丁寧度・相手との関係が異なる二つの言い回しがあります。日本と異なりフランスでは、“ tu “を使って社長に話しかけられたら同じように
相手のことを“ tu ”を使って答えます。社長や先輩から罵声を浴びるようなことがあれば、自分も同じ言葉で返すことができますよ。なぜならフランス人にとっては、社長とか先輩とかである前に、まずはみんな平等な人間ですから、職場での地位の違いは仕事上の便利さの為だけです。Si
on vous dit « tu », vous pouvez répondre par « tu », et si on vous
dit « vous », il est préférable de répondre par « vous ».
最近の日本でも、あるスポーツ界で先輩・後輩の関係にも関わるといえる重大な事件がありました。
精神と身体を鍛えるために、暴力は一切必要ありません: 事実を見ると、この暴力行動・言葉のせいで、日本人の選手たちが外国人の選手より強いと思えないのです。柔道にしても、今ではフランスの方が強いではありませんか?フランス人の強い選手たちは暴力行動・言葉を乗り越えてここまでのぼり詰めたわけではありません。
Les faits montrent que les sportifs japonais ne sont pas spécialement
meilleurs que les étrangers, malgré la façon dont ils sont entraînés,
où la relation senpai/kouhai est très forte、par exemple en judo, les
Français ne s’entraînent pas comme les Japonais, mais ils ne sont
pas moins bons pour autant.
“暴力”を使うのは別の時代のやり方じゃないですか?江戸時代ではないかと思ってしまいます。明治時代、日本は外国から技術や政治、科学などを学びましたが“déclaration
des droits de l’homme”のようなものは、市民から生まれるものであり、上から来るものではありません。今の日本に残っている先輩・後輩の関係は、昔のインドのカースト制度の残りのように思います。もちろん先輩と後輩の建設的な関係のケースは多いですが、このような先輩・後輩という関係を利用して、理不尽にいじめるケースもとても多いと思います。
一方、フランス人は昔、フランス国内でのカースト制度の崩壊ために戦ったので、人間の間の不平等に対して、他の国の人よりとても敏感なのです。日本でも、同じ人間であることが基本なのだということをよく理解できていれば、グループ、年齢、職場での地位などによるいじめ問題は減ってくるのではないでしょうか?
ということで、江戸時代などにあった良い特徴はなくならないように守っていくべきですが、この古い時代の悪習慣はなくなってもいいと思います。そして、明治時代に日本が欧米から学んだことは、欧米ではその背景にあった文化的な考え方のおかげで発明できたものですから、その背景を知らずに技術だけを学ぼうとすると、欧米の本当の文化が理解できなくなってしまいます。Pour
comprendre l’Occident, il ne suffit pas de copier sa technologie et
sa science, il faut d’abord connaître l’environnement culturel qui
a permis à ses dernières de se développer.
とてもモダンと言われている東京でも江戸時代の影響がみられる考え方はまだ沢山残っていますよ。いい所も悪い所も・・・。長く東京に住んでいる欧米人ならすでに気がついているでしょう。
技術と科学は進んだからといって、考え方も変わったというわけではないのです。その考え方の変化は技術から来るものより、政治への関心から来るものといえるのではないでしょうか。Ce
n’est pas parce que la technologie et la science progressent que les
façons de penser progressent en même temps. Ce qui fait changer les
façons de penser, c’est surtout l’intérêt du peuple envers la politique.
日本という国がこんなにフランス人に愛されている多くの理由は、技術・科学的に進んでいるからではなく(もちろんそれもありますが・・・)伝統的な文化が素晴らしいからです。その“文化”の中で、昔からの独特な素晴らしい物の考え方を含め、フランス文化に足りない部分または無い部分が、フランス人は大好きなのです。